「存在しない」を考える

「存在しない」には、三つの違いがある|「存在しない」を考える〈第1回〉

丸い四角形、充電しなくても電池が減らないスマホ、シャーロック・ホームズ。どれも存在しないが、「ない」の事情はそれぞれ違う。しかも僕たちは、ないはずのものを分類し、語り合える。「ない」とは何なのだろう。連載「存在しない」を考える、第1回。

文・編集|かったつ 約7分
「存在しない」には、三つの違いがある|「存在しない」を考える〈第1回〉

丸い四角形。充電しなくても電池が減らないスマホ。そして、小説の探偵、シャーロック・ホームズ。

どれも、現実には存在しない。

けれど、ひと口に「ない」と言っても、よく考えると種類がある。条件が矛盾しているのか。この世界の法則に反するのか。それとも、いてもおかしくないのに、実在しないのか。

それに、もう一つ気になることがある。僕たちは、ないはずのものを分類し、まるで目の前にあるもののように、その性質や違いをあれこれと話している。

「ない」と言ったところで、考えることまでなくなるわけではない。

だとすると、「ない」は、ただ何もないという「無」とは違うのだろうか。そもそも、僕たちが口にする「ない」とは何なのだろう。

まずは、三つの「ない」を比べるところから、考え始めてみたい。

同じ「ない」でも、ないことの事情が違う?

まず、「丸い四角形」を考えてみる。

角を少し丸めたお弁当箱ではない。ここでは、平らな面にある一つの輪郭が、完全な円であると同時に、正方形でもあることにしよう。

円の輪郭には、直線の辺も角もない。正方形には、四本の直線の辺と四つの直角がある。同じ輪郭について、この二つを同時に満たすことはできない。[1]

紙に何度描き直しても、解決しそうにない。描き方が下手なのではなく、求めている条件が両立していないからだ。

次に、使い続けても電池が減らないスマホ。

充電ケーブルをつながないだけではない。太陽光や電波など、外からのエネルギーも受け取らない。電池のほかに、減っていく隠れた蓄えもない。それでも動画を再生し、画面を光らせ続けるスマホを考えてみる。

そんなスマホがあれば便利だ。求めている働きも分かる。けれど、そこにエネルギー保存則を加えると成立しなくなる。画面を光らせ、熱として外へ出ていく分のエネルギーは、どこからか補うか、内部の蓄えから取り出さなければならない。そのどちらもしないスマホは、既知の物理法則に反する。[2]

最後は、シャーロック・ホームズ。

ロンドンに暮らし、観察と推理で事件を調べる探偵。そういう人がいること自体は、条件の矛盾でも、物理法則への違反でもない。けれど、コナン・ドイルが描いたホームズは、実在の人物ではなく、小説の架空の登場人物だ。[3]

条件が両立しない。物理法則が許さない。いてもおかしくないが、実在しない。

同じ「存在しない」の中に、違う事情が混ざっている。

存在を考える、三つの問い

この違いを整理するために、三つの問いを置いてみたい。

一つ目は、条件を同時に満たしても、矛盾しないか。

これを「論理的な存在可能性」と呼ぶ。丸い四角形は、ここでつまずく。宇宙のどこまで探すかを考える前に、同じ輪郭に課した条件が食い違っている。

二つ目は、この世界の物理法則のもとで、成り立つか。

こちらは「物理的な存在可能性」だ。先ほどのスマホは、ここでつまずく。エネルギーの収支が合わず、この世界の法則では存在できない。

三つ目は、条件を満たすものが、現実にあるか。

これは「現実世界での実在」だ。ホームズは、ここでつまずく。探偵という人物像が成り立つことと、その探偵が実在することは別だ。小説に詳しく書かれていても、それだけで実在したことにはならない。

一つ目では物理法則をまだ前提に加えず、条件どうしの関係を考える。二つ目では、この世界で確かめられている物理法則も加える。三つ目では、実際に何があるかを確かめる。一つ目と二つ目の違いは、第3回でスマホの例から詳しく考える。

なお、「物理的に可能」は、いまの技術や予算で実現できるという意味ではない。「技術が足りなくて、まだ作れない」という話の手前に、物理法則の問題がある。物理法則と、僕たちにできることは、分けておきたい。

四つのパターン、三つの「ない」

三つの問いを並べると、次のようになる。

判定すること ① ② ③ ④
指定した条件どうしは両立するか × ○ ○ ○
この世界の物理法則は許すか × × ○ ○
現実に存在するか × × × ○

○は「はい」、×は「いいえ」を表す。

①は、完全な円でも正方形でもある一つの輪郭。
②は、外からエネルギーを受け取らず、内部の蓄えも減らさずに使い続けられるスマホ。
③は、架空の探偵、シャーロック・ホームズ。
④は、たとえば現実に使われている、電池の減るふつうのスマホだ。

三つの問いは、互いに独立していない。現実に存在するなら、この世界の物理法則に反しておらず、条件にも矛盾がない。物理的に存在できるなら、少なくとも条件は両立している。後ろの問いに「はい」と答えるには、それより前の問いにも「はい」と答えられなければならない。そのため、ここで考える組み合わせは四つになる。

僕が気になったのは、④の「存在する」よりも、①〜③に並ぶ三つの「存在しない」だった。

「存在できない」と、「存在できるけれど存在しない」は、同じではない。

ホームズのような探偵が実在しない理由を、円と正方形の矛盾や、エネルギーの収支では説明できない。人物像が成り立つことと、その人物が実際に生きたことのあいだには、隔たりがある。

「ない」の中には、そういう余地もある。

それでも、三つとも話題にできる

ここまでで分かったのは、「存在しない」という言葉だけでは、その理由までは分からないということだ。条件の矛盾なのか、物理法則による制約なのか、それとも、可能ではあっても実在しないのか。理由を分ければ、三つの「ない」は区別できる。

分けてみると、もう一つ気づくことがある。

先ほどのホームズを思い出してみる。僕たちは、彼が実在しないと知っていても、「ホームズなら、何に気づくだろう」と話せる。実在する本人がいなくても、小説の描写を手掛かりに、意見を交わせる。

電池の減らないあのスマホについても、どんな働きを求めているかを説明できる。丸い四角形についてさえ、どの条件が両立しないかを話せる。

存在しない理由は、それぞれ違う。それでも僕たちは、そのどれについても言葉にできる。

では、「ある」の反対にある「ない」は、ただの無なのだろうか。

三つの「ない」を一つずつ考えていけば、「ある」ものだけを見ていては気づけないことが、見えてくるかもしれない。

補足|「存在しない」と「知らない」は違う

最後に、今回の三つの「ない」と混同しやすい話を、一つだけ付け加えておきたい。観察する側の「僕の認識」についてだ。

先ほどの表で考えたのは、条件を満たすものが存在できるか、そして現実に存在するかどうかだった。僕がその存在を知っているか、「ある」「ない」のどちらだと思っているかは、分類の条件に含めていない。

たとえば、ある星に生命が存在できる環境があるとわかっても、生命そのものはまだ見つかっていないとしよう。このとき、「見つからないから③だ」とは決められない。③の「現実に存在するか」の×は、存在を知らないという意味ではなく、実際に存在しないという意味だ。確認できていないだけなら、③なのか④なのか、僕たちにはまだわからない。

もっと身近な例なら、通りにある書店を僕だけが知らないこともある。その店は、僕が気づく前から④だ。逆に、ホームズを実在した探偵だと思っていても、彼が実在したことにはならない。

世界に「ある/ない」と、僕が「ある/ないと思う」は、別の話なのだ。 そして、「知らない」「まだ判断できない」も、「ないと思う」とは違う。

四パターンはそのままにして、それを僕がどう捉えているかは、別の問いとして考えたい。この認識の話は、第5回で独立して掘り下げる。

次回は、三つの「ない」のうち、まず「丸い四角形」から考えてみたい。作れないと分かっている型について、僕たちは何を話しているのだろう。

出典・参考資料

  1. ユークリッド『原論』第1巻、定義15・22(紀元前300年頃)。David E. Joyceによるオンライン版(Clark University、1996年)。円の定義、正方形の定義。円と正方形の条件を確認。本稿の両立不可能性の説明は、通常の平面幾何で同じ輪郭を考えたもの。
  2. Richard P. Feynman, Robert B. Leighton, Matthew Sands(1963)『The Feynman Lectures on Physics』Vol. I, Chapter 44, §44–1。The Laws of Thermodynamics(Caltech公開版)。系への熱・仕事と内部エネルギーの変化の関係を確認。
  3. Arthur Conan Doyle(1892)『The Adventures of Sherlock Holmes』。Project Gutenberg公開版・書誌。ホームズを架空の探偵として扱う例の参照。人物設定の可能性と、作中の全描写が物理的に実現可能かどうかは区別する。

※三つの問いと四つのパターンの表は、この連載で議論する範囲をそろえるための整理であり、特定の哲学者が示した分類表の引用ではない。

著者

かったつ

世界のことは、知れば知るほど分からなくなる。哲学や数学、物理を行き来しながら、地球に生きる私たちと世界との不思議な関係を、身近な疑問から一緒に考えます。

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