「まだない」と「存在できない」を分ける|「存在しない」を考える〈第3回〉
いま存在しないものは、これからも作れないのだろうか。永久スマホの数量モデルから、保存則と熱力学第二法則、再び飛ぶロケットへ。「まだない」と「存在できない」を分けることで、何を変え、何に挑戦するかを考える。
充電をしなくても、電池が減らないスマホを考えてみる。仮に、永久スマホと呼んでおく。
ケーブルをつながないだけではない。太陽光や電波など、外からのエネルギーも受け取らない。電池以外に隠した蓄えを取り崩すこともない。それでも動画を再生し、画面から光を出し続ける。
そんなものがあれば、僕も欲しい。これは、まだ誰も作れていないものなのか。それとも、この世界の物理法則のもとでは存在できないものなのか。
いま手元にない、というだけでは、その違いはわからない。永久スマホを入口に、「ない」理由を確かめてみたい。
前回の「丸い四角形」は、指定した形の条件が両立しなかった。今回のスマホは、少し様子が違う。エネルギーの増減だけを、紙に書き出してみる。
蓄えが減らないためには、出ていく分だけ、中で新しく生まれればいい。そこで、外から入る分は0。中で生まれる分は1、と置いてみる。外へ出る分は1。
0+1−1=0。
おや、計算は合う。
計算は合っている。それでも作れない
回路や部品の形はいったん脇へ置こう。スマホ全体のエネルギーについて、入る量、生まれる量、出る量だけを取り出してみる。
考えたい関係に絞って対象を表す。こうしたものを、モデルと呼ぶ。今回は、まだエネルギー保存則を課さずに、数量の関係を確かめるためのモデルだ。
内部の蓄えを100ジュールとする。ジュールはエネルギーの量を表す単位で、この数字は説明用に置いたものだ。
| エネルギーの動き | 1秒間の量 |
|---|---|
| 外から入る | 0ジュール |
| 内部で新しく生まれる | 1ジュール |
| 光や熱として外へ出る | 1ジュール |
先ほどの式を、蓄えを含めて書き直したものだ。1秒後の蓄えは、100+0+1−1=100ジュール。次の1秒も同じだ。この規則がずっと続くとすれば、蓄えは減らず、外へ渡した合計だけが増えていく。
最初から無限の蓄えを持たせたわけではない。出ていく分が、毎秒、新しく生まれると仮定した。この数量モデルには、「蓄えが同時に減る、かつ減らない」という矛盾はない。
では、「内部で生まれる1」を何に作らせよう。
電池なら、電気を取り出す分だけ化学的な蓄えが減る。太陽電池なら、外から光を受け取っている。小さな発電機を入れても、それを動かすエネルギーが要る。
候補を具体的にするたび、「生まれる」と書いた量が、別の蓄えの減少や外部からの供給に置き換わる。
ここで数える範囲は、スマホ全体だ。内部の一部分から別の部分へエネルギーを移しても、全体の量を新しく増やしたことにはならない。
物理学者リチャード・ファインマンは、運動や熱、化学的な蓄えなど、さまざまな形を通してエネルギーを数えることを説明している。形が変わっても、出入りを含めて数えれば収支が合う。それがエネルギー保存の考え方だ。[1]
このスマホにも保存則を課すと、次の関係になる。[2]
内部の変化=外から入る量−外へ出る量
外から0、外へ1なら、内部の変化は−1。蓄えは減る。
最初の式にあった「新しく生まれる+1」は、保存則では認められない。何かを変換して得た1なら、その出所の減少も数える必要がある。
こうして、保存則と「どの蓄えも減らない」という要求が衝突する。無補給で正味のエネルギーを供給し続ける、第一種永久機関と同じ問題だ。この条件の永久スマホは、保存則のもとでは存在できない。ふだんなら「作れない」と言うところだが、まだ作れていないのとは違う。
「存在できない」にたどり着くまで
いま、僕たちはどんな順番で考えたのだろう。スマホから少し離れて、手順を取り出してみたい。
- 作りたいものをモデルにする。 何を受け取り、何を変え、何を出すのかを決める。
- 指定した条件どうしの矛盾を調べる。 同じ量に、両立しない値や変化を要求していないか確かめる。
- 適用される物理法則との整合性を調べる。 モデルに置いた働きが、この世界の法則に反していないか確かめる。
永久スマホは、この手順の3で条件が両立しなくなった。
前回の丸い四角形は、通常の平面で同じ輪郭に「完全な円である」と「正方形である」を求めたところで行き詰まる。今回の数量モデルでは、生成を認める関係は書ける。しかし、保存則も前提に加えると矛盾が生じる。
どちらも論理を使った判定だ。違うのは、検討に含めた条件の範囲にある。
第1回の言い方なら、三つの「ない」のうち「物理法則が許さない」が、ここに当たる。
手順の2と3は、第1回の一つ目と二つ目の問いにあたる。違いは、手順1でモデルにしているところだ。分類するだけなら要らないが、作るつもりなら、ここから始めないと何も確かめられない。三つ目の問い「現実にあるか」は、この手順の先、実際に作って試す段階になる。
それにしても、存在できないもののために、わざわざモデルを作った意味はあったのだろうか。
僕は、あったと思う。「電池が減らなければ便利だ」という願いを、「外から受け取らず、蓄えも減らさずに、毎秒1ジュールを生み出す必要がある」という課題へ絞れたからだ。
単純にしたからこそ、何を確かめればよいかが見えた。その働きが保存則と衝突するとわかったことも、一つの成果になる。同じ条件のまま時間や資金を増やしても、この矛盾は解消しない。
ここで、僕たちが「存在できない」と判断できた理由を振り返ってみる。まだ誰も作っていないからではなかった。作るために必要な働きが、保存則と両立しなかったからだ。
だとすると、いま実物がないというだけで、同じ結論を出すことはできない。作りたいものをモデルにして、必要な働きを確かめた先に、まだ解けていない設計の問題が残ることもあるだろう。
先ほどの手順を、今度は「まだないものを作る」側から使ってみたい。
「まだない」ものへの挑戦

打ち上げたロケットの第一段を回収し、もう一度飛ばす。十数階建てのビルほどの筒が、垂直に降りてきて、脚で立つ。SpaceXが実現した再使用を例に、この構想にはどんな働きが必要なのかを考えてみる。
SpaceXは2017年3月30日、飛行済みのFalcon 9第一段を使って、通信衛星SES-10を打ち上げた。衛星を運用するSESの発表で、この再使用が確認できる。[3]
この構想では、飛ぶために推進剤を使い、次に飛ばす前には補給してよい。永久スマホには許さなかった条件だ。その条件で、打ち上げと帰還の両方を成立させるには、何が必要だろうか。
帰還にも推進剤を使うとすれば、打ち上げで全部を使い切るわけにはいかない。多く残せば、それだけ運ぶ重さが増える。減速に足りる量を確保しながら、打ち上げの役目も果たせるだろうか。
向きを保って降りるには、機体の姿勢を測り、必要な力を加えなければならない。再使用するなら、戻ってきた機体が次の飛行にも耐えるか確かめる必要がある。
これはSpaceXの開発過程を再現したものではなく、再使用に必要な働きを、僕なりに分けたものだ。
「戻ってきて、また飛ぶ」と一言で表した願いが、推進剤の配分、姿勢の制御、機体の耐久性という課題に分かれてきた。それぞれについて、具体的に計算し、設計し、試せる。
推進剤を残して減速し、姿勢を測って降りる。どれも、保存則にも運動の法則にも反していない。必要な働きは、法則の範囲に収まっている。永久スマホと違うのは、ここだ。
もちろん、物理法則に反する点が見つからなければ、開発が必ず成功するわけではない。材料の性能、製造の精度、費用、信頼性など、満たすべき条件は残る。一つの計算が合っても、ほかの重要な条件が抜けているかもしれない。
それでも、何を確かめるべきかが具体的になれば、次の試みを選べる。
「まだ作れていない」という事実だけでは、「存在できない」とは言えない。
必要な条件を計算し、試作して測り、うまくいかなければモデルを見直す。その積み重ねは、挑戦を続ける根拠になる。確信も、確かめた条件の分だけ育てていける。
「ない」の理由が、次の一歩を変える
永久スマホと、帰還してもう一度飛ぶロケット。実現していない段階で「ない」と言うだけでは、次にすべきことはわからない。
保存則と衝突する要求なら、求める条件を変える必要がある。推進剤の配分や機体の強度が課題なら、条件を満たす設計を探し、試すことができる。
「まだない」と「存在できない」を分けるには、いま実物がないという事実から、実現を阻む条件へと目を向ける必要がある。物理法則との整合性を確かめることは、そのために欠かせない。
ここには、判定の難しさの違いもある。不可能だと示すには、必要な条件の一つと両立しないことがわかればよい。一方、いくつかの条件を満たしただけで、実現に必要な確認をすべて終えたことにはならない。モデルが教えてくれるのは、確かめた範囲での答えだ。
第1回では、「ない」を一つずつ考えることで、「ある」ものだけを見ていては気づけないことが見えるかもしれない、と書いた。今回見えてきたのは、何へ力を注ぐかという問いだ。「ある」ものには、この確かめが要らない。存在できないかもしれないものを前にして、初めて必要になる問いだった。
作りたいものを思いついたとき、「そんなものは、まだない」と言われることがあるかもしれない。その言葉だけでは、諦める理由にも、作れると信じる根拠にも足りない。
僕は、挑戦への確信を、そうやって育てていきたい。確かめたことを足場にして、まだ確かめていないことへ進む。うまくいかなかったときにも、何を見直すかがわかるように。
「まだない」と「存在できない」を分ける。その先にあるのは、「では、何を試してみようか」という問いなのだと思う。
次回は、条件にも物理法則にも反しない人物像なのに、実在しない探偵の話へ進みたい。シャーロック・ホームズ。本人はいない。それでも、僕たちには彼についての話が通じる。
出典・参考資料
- Richard P. Feynman, Robert B. Leighton, Matthew Sands(1963)『The Feynman Lectures on Physics』Vol. I, Chapter 4, §§4–1、4–2。Conservation of Energy(Caltech公開版)。エネルギーの諸形態と系への出入り、エネルギー保存の考え方を参照。
- 同、Chapter 44, §44–1。The Laws of Thermodynamics(Caltech公開版)。第一法則によるエネルギー収支を参照。
- SES(2017年5月15日)「SES-10 Satellite Fully Operational over Latin America」。SESによる発表・Business Wire配信/NTB掲載。2017年3月30日に飛行済み第一段を用いてSES-10を打ち上げた事実を確認。開発過程や特定の人物の思考法を立証する資料としては用いていない。
※スマホの数量モデルと開発への接続は、本稿の説明用の設定・考察である。先人の発言の引用ではない。保存則を課していない数量モデルが成立することは、スマホ全体の設計や実在可能性の証明ではない。物理法則については、ここで扱う装置に適用される確立した理論に基づいている。